お正月と東洋医学…お屠蘇について

お正月に欠かせない「おとそ」の由来は、実は「土佐日記」が始まりのようです。

紀貫之が935年に土佐国から京に至るまでの五十五日間を、日記形式で綴った紀行文です。これは、現在で言う所の、Twitterやブログに似ている所が興味深いですね。

 

その中で、以下の記述を見る事が出来ます。

廿九日(はつかあまりここぬか)。おほみなとにとまれり。くすしふりはへて、とうそ、白散、さけくはへてもてきたり。こころざしあるに似たり。これを、意訳すると…。

●十二月二十九日。船は大湊に停泊した。すると、医師が屠蘇と白散に酒を添えて持ってきた。どうやら、我々に好意があるようだ。と、読み取れます。

 

当時から元日にお屠蘇や白散を飲む風習があった事が伺えます。

年末年始は、とかく付き合いなどで食べ過ぎの傾向に有るのは、昔も今も、それ程変わりはないようです。 

 

 

屠蘇散、正式には「屠蘇延命散」といい、邪気を払い無病息災と長寿願いながら、お正月に家族で頂く風習の事です。実は、以前のブログで紹介した、日本最古の医学書、「医心方」の中にも、屠蘇酒や白散の製法や目的・服用法が記述されています。

 

 

「悪気と温疫を屠蘇酒で治療する方法」

白朮(びゃくじゅつ)・桔梗(ききょう)・蜀椒(しょくしょう)・桂心(けいしん)・大黄(だいおう)・烏頭(うづ)・山帰来(さんきらい)・防風(ぼうふう)の8種類の生薬を刻んで袋に入れ、12月31日に井戸の中へ吊して水に沈める。正月の元旦に薬を井戸から出し、温めた三升の酒に入れて屠蘇してから、一人三合飲め。特に、小児から先に飲み始めよ。

一人がこれを服用すれば一家に病が無く、一家でこれを飲めば、一つ里がつつがなく暮らせる。三日の間、これを井戸の中へ還しておいて毎朝、同じようにして飲む。一年間これを飲めば代々、無病である。と、解説しています。

上記の生薬の中で、蜀椒は山椒、桂心とは桂皮(シナモン)のこと、山帰来は、ちょうどクリスマスリースなどに用いる、赤い丸い実をつける草木なので、一度は見た事もあるのではないでしょうか?

 

  

現代の屠蘇散は、前述の構成生薬から、下剤の大黄、トリカブトの主根である烏頭、梅毒の治療等に用いる土茯苓を除いた物に変化し、より、お腹に優しい処方になっています。

お正月のおせち料理の食べ過ぎや、お酒の飲み過ぎで、身体の中にネバネバした「痰湿」が蓄積しそうな時に、胃腸の調子を整える内容になっています。先人の食養生から派生した先人の知恵は、現代人にもとても参考になる部分が多いです。