歯科医師+鍼灸師として、針供養の日に思う事。

縫い針は、着物を着る風習があった時代の大切な生活必需品でした。歴史的には、江戸時代以降、日頃の針の労をねぎらい、女性のたしなみとして、裁縫上手を祈願する目的で、「針供養」を祭る風習が全国に広がりました。

針仕事は、当時の家を預かる女性にとって、大切な仕事だったので、一年の事初めの日に、お世話になった折れた針や錆びて古くなった針を、柔らかい豆腐やこんにゃくに刺し、感謝の気持ちを込めて、川に流したり、神社に奉納して祈願する事が針供養の始まりとされます。

 

また、その風習が転じて、色白の美人になる。こまめに働く良妻賢母になる事を願って、現代にも伝わっています。

 

最近では「事八日」に行事を行うのですが、関西は12月8日が一般的で、関東は2月8日に行います。この日付の違いは、実は「事始め・事納め」の捉え方の違いが影響しています

田植えと収穫になぞらえて、2月8日に田植えの農作業が始まり、12月8日に収穫を終える風習から「事始め・事納め」と言う考え方が定着した様です。(諸説あり)

 

東日本では、「事八日」に妖怪や疫病神が家を取り付くので、その日は、身を慎むのが良いとされ、この日は一日、針に触れないようにしていました。こうした風習を受けて、針供養には「万物の全てに神様が宿り心がある」ところから発祥した、先人の心優しい風習です。

日ごろ私たちの豊かな生活の為に、硬いものに突き刺され、黙々と働いてくれた針に感謝し、 せめて、供養する日には、軟らかい豆腐やこんにゃくに刺す事で、辛かった針の労をねぎらう気持ちを込めて供養します。

 

私は、歯科医師でありながら、夜間専門学校に通って鍼灸師の資格も取得しました。この両方の知見を駆使して、普段の口臭治療に役立てています。

 

その中で、臨床経験35年を経験するうちに、「痛みの少ない針先の刺入の仕方」なる技法を編み出しました。今回はコッソリお届けしておきましょう。  

  

【痛みの少ない麻酔注射】

これは、鍼灸師の夜間学校に通っている時に、実技を担当する鍼灸師の先生から学んだ事です。といっても、39歳から学び始めた自己研鑽なので、インストラクターの先生は、私より一回り年下ですが、こうべを垂れて伏して秘伝の技を伝授してもらいました。

 

その方法とは…?

 

ヒトは生命活動の営みの中で、呼吸を繰り返しています。息をスーッと吸い込んでいる時は、肺の中に空気が満たされていくので、「実」側に傾きます。この時はどちらかと言うと、人体の活動は、緊張傾向に傾きます。そして、吸いきった先がピークです。その後、息を吐き切るまでが「虚」になり、弛緩状態になります。

 

なかなか解りづらいので、この状態を簡単に説明すると、便秘で便座に座っていきんでいる状態をイメージしてみて下さい。最後のひと踏ん張りで排便する時に、大きく息を吸い込んだ後、一旦息を止めて、「ウーンッ」としますね。息が止まった状態で気張ると、だんだん顔も赤くなってきますし、筋肉も硬直し、毛穴もピシッと引き締まってきます。

→これが、「実」が極まったピークの状態です。

 

この時期に、無理に針先を刺入しようとしても、肉も皮も硬くなっていますから、痛い訳です。

 

逆に、排便が終わって、「スーッ」と出た後は、止めていた息も吐き出して、緊張も緩和します。「もう、どうにでもして~」と言う感じです。そして、どのタイミングで麻酔をするかと言うと…息を吸って吐き出すその瞬間、この全身が緊張から弛緩に切り替わった瞬間を見計らって、針を身体に刺すのです。毛穴も皮膚も緩んでいるので、針先もスルスル入りますし、痛みも少ない訳です。 

 

これは、何も医療従事者だけではなく、自然界でも応用されています。例えば、夏に飛んでくる「蚊」も、人間様に命がけで血を吸う為に取り付きます。そして、どのタイミングで口先のハリを刺入するかと言うと、やはり、息を吐いている瞬間なのだそうです。人間様に悟られずに、コッソリ吸い取っていきます。針の扱い一つとっても、奥が深い世界があります。

 

私は、日常臨床で歯科医療の時は、麻酔の時に注射針を用いますし、鍼灸治療の時は、ステンレス針を応用します。現代は、どちらも使い捨て針として患者さんに用います。最終的には医療廃棄物として、専門業者さんに回収して頂いています。一年に1回になりますが、毎年、お世話になった針に感謝を込めて、針供養のこの時期に、仏壇に手を合わせています。