ドーピングと漢方薬。

今年は、平昌冬季オリンピックが催されます。また、日本人の選手が、ライバル選手に対し、禁止薬物を飲料水に混入させてしまうと言う事件も起きてしまい、ドーピングに関して、社会的な関心が集まっています。

 

今回は、ドーピングと東洋医学・漢方薬について考察してみましょう。

 

 

近年は、禁止薬物が追加されて、総合感冒薬(風邪薬)を飲んだだけでもドーピングに陽性反応が出るようになってしまいました。選手の皆さんは、健康に対して益々自己管理が求められます。実は、風邪薬の中にも、禁止物質であるエフェドリンなどが含まれます。一度、薬の外箱で成分表示をチェックしてみると、その他にも、メチルエフェドリン、プソイドエフェドリン、麻黄(マオウ)などが記載されていたら、全てアウトの禁止成分です。

 

 

 

 

この中で、麻黄はれっきとした漢方薬を構成する生薬です。(右画像参照)

私の経験から言うと、確かに、麻黄が配合されている「葛根湯」(かっこんとう)を、試しに3袋位一度に服用すると、心臓はドキドキして、発汗を促し、手足は冷えていきます。

 

実はこの麻黄は、高純度に精製されると、「覚せい剤」の原料にもなる生薬です。本物の覚せい剤を試した事は無いですが、多分、上記のような症状の何百倍もすごい変化が、身体に訪れるのでしょう。そういえば、覚せい剤の暗喩として、「アイス」とか「冷たいの」などと表現されることも多いので、恐らく、相当ヒヤッとした感じになる事が予想されます。

(葛根湯の大量の服用は、安易にマネをしちゃダメですよ)

 

そして、麻黄が含有している漢方薬は沢山あって、有名な所では麻黄湯、小青竜湯、麻杏甘石湯などです。これらの漢方薬も、ドーピング検査では陽性反応が出てしまう事が予想されるので、ドーピング委員会としても、全ての漢方薬を服用しないことが望ましいと言う表現で記載されています。

 

ここで厄介な事は、漢方薬は、何種類もの生薬から構成されているので、西洋医学の薬のように、有効成分などを、亀の子のような構造式で表現しにくい背景がある事です。その成分は大変複雑で、どの成分が該当するのかを調べることが困難なのです。麻黄の他にも、生薬のホミカ(ストリキニーネを含む)も代表格ですね。

しかも、同じ生薬でも、製造会社、原料の産地、収穫の時期などで成分が変化してしまう背景があります。含有する成分が全部記載されていないと、検査体制としてチェックできない上に、成分の含有量が一定していないので、漢方薬の中で、どの成分が該当するのか?突き止めるのが大変難しいのです。

 

もちろん、上記の漢方薬は、選手でない一般人が服用しても、全く問題ないものなので、あまり神経質になる必要はありません。

 

それでは……鍼灸治療ではどうでしょうか?

 

実は、針治療を受ける事で、身体の中では脳の部分で、ある種の変化が起き、脳下垂体から脳内鎮痛物資が分泌されることが確認されています。もしかしたら、将来、こうした物質もドーピングに引っかかる事が予想されます。こうした物質は、瞑想やヨガなどでも分泌される可能性が高く、医学的な解釈との「いたちごっこ」を繰り返す羽目になります。

 

 

 

 

 

同様に、マラソン選手が、ある時から苦痛が和らいで、気持ちよく走れました…と言うコメントも見られます。いわゆる…ランナーズハイです。恐らく、熟練した選手は、自分で脳内鎮痛物資を生み出している可能性があります。一番で駆け抜けて、直後の尿検査で、仮にこうした物質が検出されたら、どの様に対応したらよいのか?チョット心配になりますね。

 

「絶対にそんな薬飲んでいません!ただ、メンタルを鍛えるために瞑想をしていただけです」なんて事も将来起きてくるでしょう。

 

 

針治療に関しての大きな進歩は、1971年、中国を訪問したニューヨークタイムズ記者団が、鍼麻酔下での手術の様子をレポートしました。この記事は世界中に配信され、鍼治療の有効性が論議を呼ぶ形になり、肯定派と否定派に別れました。その後、世界中の研究機関で鍼麻酔の作用機序について、追試と研究が進められた結果、おおよそのメカニズムが解ってきました。

それは、例えば手の親指と人差し指の付け根にある「合谷穴」に針を刺入し、そこへ低周波通電して脳に刺激を伝えると、脳下垂体などで内因性鎮痛物質(モルヒネ様物質)を産生する現象が解り、これによって、痛みを緩和、鎮痛することが解明されました。現在では、肯定派の方が有利になって、世界保健機関(WHO)でも、針治療の有効性と、適応疾患をリストに上げています。(過去ブログ参照)

 

身体の中には、痛みを誘発し、それによって危険信号を発してくれる「ブラジキニン」などの「発痛物質」が存在する一方、これとは逆に、エンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィン、セロトニンなど、痛みを抑制する「鎮痛物質」も存在します。

 

そして、エンドルフィンはモルヒネ以上の鎮痛効果があるとも言われています。

 

鍼治療の刺激は、脳下垂体や副腎皮質に伝達され、こうした鎮痛物質を分泌させて、運動後の痛みを緩和させます。いわば、体内麻薬を積極的に分泌する事で、除痛する訳です。

 

実は、私達の体内の血液中にも、このエンドルフィンは僅かですが存在しています。一般的にその濃度は、何も刺激を受けない状態で、10pg/ml以下が正常値です。そして、前述した実験では、鍼通電前の5.6pg/mlから、鍼通電後30分では13.6pg/mlにエンドルフィン濃度が増加していました。もし、スーパー名人の鍼灸師の先生が、その秘伝を使って、ツボ刺激をしたら、さらに多くのエンドルフィンが分泌されるかもしれません。

 

将来的には、瞑想や針治療も、ドーピングの恐れがあるのでダメ!と言う事にならない事を、切に願うばかりです。