私達が日常生活動作を行うにあたり、高次統括しているのは、紛れもなく「脳」の働きが多いです。随意動作から不随意運動まで、全てを統合管理する事で、健常な生活を送れるようにしています。
さて、この有り難い脳みそですが、実は、場所によって受け持つ働きが異なります。
上図のように、脳には運動を司る「運動野」と感覚を司る「感覚野」に別れています。そして、脳の何処の場所で、どんな働きを持っているのか?を、脳の断面の外周に、その働きに応じた人体のパーツを割り振る事で、解り易く表現したのが、「ペンフィールドの脳マップ」です。
ペンフィールドはカナダの脳外科医で、てんかん患者の手術部位を決める時に、ヒトの大脳皮質に電気刺激を与えて、「運動野」や「体性感覚野」が、どの部位に相関があるのか?を検証しました。そして、人体の働きを重要な働きを持った部分を大きく表示して表したヒト型を、「ホムンクルス人形」(こびと)と言います。
この図では、人体の各部分の大きさは、大脳皮質運動野が受け持つ面積に対応するように、大きさが描かれています。
一見しても解るように、人体の大きさのバランスは相当ゆがんで表現されています。何となく、墜落して回収されたUFOの宇宙人のようにも見えますね。
各部を見てみると、例えば、親指は太く長く、顔や舌も異常に大きいです。
【ホムンクルス人形の特徴】
① 身体の表面積と脳の対応部分の面積が、等倍の「1対1」になっている点です。
② 身体の隣り合う部分が、大脳皮質表面でも隣接するように、規則的に配列している点です。
脳の真ん中に分割するように入り込む「中心溝」を挟んで、両側にある運動野と体性感覚野は、左右対称に配列されており、身体の下部は内側に、身体の上部分は外側に位置するように配列されています。
このような身体に各部位の大脳皮質表面で、どの場所がどの働きに該当するか?と言う規則的配列を『体部位局在』と呼んでいます。
また、身体の左半分は、右側の大脳皮質に、身体の右半分は、左の大脳皮質に対応部分を持つ事から、脳機能の中で「運動」と「感覚」も同じように「対側支配」の原則を持つことになります。
まとめると、ペンフィールドは、脳の各部分の対応領域の割合には、大小がある事を解き明かした訳で、「大脳」のそれぞれの部分と、「身体」の各部分の対応領域には、大きさにバラツキが存在するということが解ります。
もう一度、ペンフィールドのホムンクルス人形見てみると、手や唇の占める割合が、非常に大きく表現されています。これは、人間が何かのモノやコトを認識する時に、手や唇から得られる感覚の情報が、非常に重要視されるという事を意味しています。
肥大した手指、大きく突き出した舌と唇……。
私たちの脳が、身体のどの部分の感覚情報に重きを置いているのか、一発で理解できますね。と言う事は、逆説的には、こうした大きく表現されている身体のパーツが、活発に動き、多くの情報が入力されればされる程、脳は、多くの働きを持つことになります。
以上の事から、
「手先をよく動かすと、認知症になりにくい」
「良く噛んで咀嚼を沢山すると、若々しくいられる」
「性交渉や積極的なキスには、健康作用がある」
こんな健康情報も、あながち眉唾ではないのです。
ホムンクルス人形の中で、大きいパーツからの運動刺激は、私たちの大脳を活性化させることが伺えます。
それでは、動物はどうなのでしょうか?ホムンクルス人形を考えると、下図のようになります。
池谷祐二著『進化しすぎた脳』から引用
特に、ネコやウサギに関しては、鼻の脇に生えている「ひげ」も大きく描かれています。子供の頃、ネコのひげを切ってはいけないよ…と、親から注意された記憶がありますが、動物は、ひげに伝わる信号から、多くの情報を得ている事が解ります。
捕食をする事が、種の保存に重要な役目をする動物ほど、頭部と顎の重要性が解りますね。
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それでは、日常生活の中で、ホムンクルス人形の脳マップを、より積極的に刺激する他の方法はないのでしょうか?
実は、ヨガやお坊さんが行う…「座禅」によって、脳は活性化されているのではないか?と、私は考えています。
下図の男女のポーズを見て下さい。
● まず、ホムンクルス人形で大きく表現されている、親指と人差し指を触れさせる事で、脳に刺激を送っています。
● 顎は、うつむかずにチョイ上げ姿勢を維持しています。これは、頚椎が、頭の後ろの方にある大後頭孔に入っている事から、頭蓋骨は前重心になりがちですが、顎を少し上げる事で、重心のバランスを整える事で、前からも横からも体幹のバランスが整い、脳への刺激と血流量を上昇させるポーズになります。
● 胡坐(あぐら)をかいた後、両膝とお尻の三か所で上半身を支えます。…これは、ホムンクルス人形では、あまり重要視されていない下半身からの情報を少なくする配慮だと思います。
さらに、画像だけでは解りませんが、仏教の座禅では、唇と舌の位置に関しても記載があります。特に『普勧坐禅儀』は、日本の曹洞宗の開祖である道元が、1227年(嘉禄3)に記した、日本最古の坐禅の指南書です。その中には、以下の様な記述が残っています。
● 舌の上の腭(あぎと)に掛かける…英語のLの発音をする時と同じように、舌先を上顎の歯の付け根の歯茎に軽く押し付けるようにします。ここには、解剖学的に「切歯乳頭」と言うポコンとした出っ張りがあるので、場所が探しやすいです。この姿勢を保持すると、身体に一本の芯が通る様になって、体幹が安定するのです。これは、以前のブログでも紹介しましたが、背中の真ん中を通る経絡は「督脈」(とくみゃく)と、身体の前面の正中線に流れる経絡は「任脈」(にんみゃく)の両端は、実は、上顎部で連絡が途切れているのです。ここを、舌先で密着させる事で、督脈と任脈が繋がって交通して、気の流れが整うのです。舌先で触れた後、口から息を吐き出して、漏れて来なければ完璧です。
● 唇歯、相著ける(あいつける)…上歯と下歯を僅かに噛み合わせ、唇を少し引き締める。ちょうど、正面から見ると、唇の形が、やや「へ」の字になるイメージです。実は、この姿勢を保持すると、唇と歯の間に空気が残りません。自然と、鼻から腹式呼吸をしやすくなります。
【ヨガと仏式の座禅法の違い】
私見になりますが、色々調べていくと、ヨガと仏式の座禅には、ひとつだけ作法の違いがあります。それは、「目と瞼」の違いにあります。
● ヨガ式は、どちらかと言うと「半眼」を推奨しています。これは、座禅をした先に、「瞑想」が控えているからだと思います。一方、仏式は、「目はすべからく、常に開ひらくべし」と教えています。こちらは、目は閉じてはいけない…事を戒めています。完全に見開いてもダメです。ちょうど、顔を正面に向けて、視線だけを1メートル先に落とす位がちょうど良いみたいです。目から入る視覚情報も、ホムンクルス人形では、大きく表現されています。仏式は、修行中に睡眠に入ってしまう事を禁じています。
以上の事から、実は、座禅を行う事が、脳機能を活性化させると言う可能性が示唆されます。1日一回でも良いので、指先・唇・舌の動きに意識を払うだけで、脳は活き活きして来ると思います。