コタロー漢方に、記事を提出しました

 

コタロー漢方から販売している『甘露飲』を処方した事による、オーラルフレイル(口内不自由感)の改善効果について、日本口臭学会で発表をしましたが、一度、全体をまとめておこうという事で、コタロー漢方が発行している機関誌に、コラム記事を提出してみました。

【はじめに】

1999年に厚生省(現厚生労働省)が行った保健福祉動向調査の実態調査で、調査対象33,000人の内、約10%の方が、日常生活の中で口臭が気になると回答しています。

また、総務省統計局の調査で、我が国の人口は、約1億2000万人程度なので、計算上、実に1200万人の方が、口臭に悩んでいる勘定になります。

一方、インターネットの普及とSNSの台頭により、私達が社会生活を進めていく上で、人とチョット違うだけで、必要以上に攻撃をしてしまう「ハラスメント社会」が出来上がってしまいました。

その中でも、身体から出てくる色々なニオイがもたらすネガティブ要素により、「スメル・ハラスメント」も、徐々に横行し始めています。この中には、私が専門にする「口臭」以外にも、「汗臭い」「ワキガ」「加齢臭」など、人に言えない悩みを抱えています。

 

 

そこで、試しに、大手通販サイトの検索で、以下のキーワードを調べてみて、その対策商品の件数が、どのくらい市場に存在しているか?を調べてみると、

「汗臭い」 444件

「ワキガ」 1,460件

「加齢臭」 2,340件

そして、「口臭」は、1桁増えて、ナンと、15,826件も商材が存在しています。

 

単純な比較で、実に、ワキガの10倍も、お悩みが深いことが伺えます。

ところが、市場には、口臭対策サプリメント、うがい薬、ガム、歯磨き粉などの対策品が存在するだけで、医療機関の受け皿は、殆ど存在しないのが現状です。

 

何故でしょうか?

 

それは、口臭と言うお悩みを、厚生労働省が、「病気だと認定していない」事に起因しています。口臭治療と言う点数の割り当てが、歯科・耳鼻科・内科も含めて、どこの診療科目にも存在しないのです。

歯科領域で漢方処方が専門になって、30年以上、東洋医学の魅力に取りつかれ、夜間の鍼灸専門学校に通って、鍼灸師のライセンスを取得して20年以上、さらに、口臭治療が専門になって15年、のべ1万人以上の口臭を嗅ぎ分けてきました。

 

 

その中で、口臭の発生には、

●「局所的」な、口腔内に原因の場合と、

●「全身的」な、体質に由来する場合がある事が徐々に解ってきました。

 

そして、そのバランス感覚が、5対5の症例もあれば、3対7の症例が存在しています。

 

ここに、口臭で悩む患者さんが、なかなか治らない原因が隠れています。その加減を、見定めながら、治療計画を立案する必要がある訳です。

 

以上の事から、口臭の原因の一部には、体質(証)が関係しており、その証から由来する随伴症状として、誤嚥、発語、味覚障害、舌痛、口内炎などが、口臭の発生と共に随伴症状として出てきます。

 

これが、口内の不自由に由来する「オーラルフレイル」です。

QOLの改善を願うのであれば、ただ単に口臭の改善だけではなく、オーラルフレイルの改善まで視野に入れた治療が求められています。

 

今回は、筆者は、口臭の発生もオーラルフレイルの一つではないかと言う点に着目しました。

 

既に、

●2020年、日本口臭学会、第11回で、オーラルフレイルを視野に入れた『甘露飲』(コタロー)処方による口臭の改善について(第1報)

●2021年、同学会、第12回で、オーラルフレイルを視野に入れた『甘露飲』(コタロー)処方による口臭の改善について(第2報)の発表を終え、口臭で悩む患者に、甘露飲を処方したところ、臭気の改善と共に、口内の不自由であるオーラルフレイルの改善も、同時に認められました。

 

今回は、典型的な3症例に関して報告したいと思う。

 

【実験方法】

東洋医学的な診断により、「陰虚」により口臭が発生している3人の患者に対し、『甘露飲』(小太郎漢方製薬製)を7.5g分3与、28日量を処方して、1日3回、毎食前服用を指示した。口臭の測定は、オーラルクロマⅡ(NISHAエフアイエス社製)用いた。また、口内の湿潤度は、水分計ムーカス(ライフ社製)を用いて、初診から来院ごとに測定し記録に残した。 

 

 オーラルクロマⅡ                             ムーカス

 

【結果】

●症例1:口腔乾燥が随伴する症例

• 53歳、女性、口渇、口の粘着きを自覚

• 初診時、硫化水素「1095ppb」

• 4診目頃から「79ppb」と減少傾向が出始め

• リバウンドは出るものの「戻り幅」は、減少していった

 

 

• 初診時、ムーカスによる湿潤度は、折れ線グラフで示すように「20.6」(測定値:27以下で口腔乾燥)であったが、

• 徐々に上昇し、9診目で「29.0」まで改善傾向を示した。

• その後、湿潤度は「27~28」前後を維持し回復傾向を示した。

 

 

●症例2:口内炎、舌痛を随伴

• 27歳、男性、アフタ性口内炎、舌痛を随伴

• 初診時、硫化水素「389ppb」、メチルメルカプタン「818ppb」を認め、

• 3診目頃から「103ppb」「264ppb」と減少傾向が出始め

• 4診目には認知閾値以下に収まった。

• 8診目にリバウンドを示したが(↓部)、その後は安定した。

 

 

• ムーカスによる湿潤度も初診時「22.5」であったが

• 徐々に上昇し、6診目で「28.0」まで改善傾向を示した。

• 8診目のリバウンド時(↓部)に湿潤度が「23.3」まで低下したが、

• その後は持ち直し、湿潤度は「27~28」前後を維持し回復した。

 

 

●症例3:嚥下困難、開口障害を随伴

• 61歳、女性、嚥下困難、開口障害を随伴

• 初診時、硫化水素「965ppb」、メチルメルカプタン「1028ppb」)値が

• 3診目頃から「35ppb」「14ppb」と減少傾向が出始め

• 5診目にはやや上昇を示したが

• 8診目以降は、安定した。

 

 

• ムーカスによる湿潤度も、初診時「21.7」乾燥)であったが

• 7診目で「28.8」まで改善傾向を示した。

• 10診目で、最大値「30.2」まで上昇し、

• その後も、安定して湿潤度は「27~29」をキープした。

 

 

【考察】

口臭の発生原因には、「局所的」な口内の口臭発生菌に由来するものと、「全身的」な体質に由来するものが上げられる。

口臭を治療する時に、何が一番重要であるかと問われれば、筆者は、

 

口臭を「言語化」する事だと解釈している。

 

臭い物質が分かれば→原因が特定され→治療方針が立案できるからである

 

日本口臭学会には、治療ガイドラインが設けられ、口臭の臭気成分は、揮発性硫黄化ガス(VSC:Volatile Sulfur Compounds)として、硫化水素(H2S)・メチルメルカプタン(CH3SH)・ジメチルサルファイド((CH3)2S)が、エビデンスとして認定されている。

 

一方、東洋医学における、陰陽五行説の色体表には、五香の概念が存在し、五臓に負担がかかると、「こういう臭いが出てきますよ」と、先人は教えてくれています。

 

口臭治療で重要な点は、言語化された口臭に応じて、局所と全体の原因を見定めながら、全人的な視点に立って、オーダーメイドで治療計画を立案する事である。

 

東洋医学を歯科領域に取り入れて、30年、口臭が専門になって15年以上、体質由来の口臭として、その頻度別に考察すると、

 

1.カラカラタイプ:陰虚証

2.ネバネバタイプ:痰湿証

3.ドロドロタイプ:お血症

4.ブヨブヨタイプ:水滞証

5.ヒエヒエタイプ:気血両虚証

 

等が上げられる。

 

●症例1

口臭の発現と共に、口渇感、口の粘着きを随伴し、常に口内の不快感が伴い、発語不自由、食事が美味しくないなどを訴え、オーラルフレイルを呈している。

陰虚証も、口渇だけで済んでいる症例では、口内に存在する口臭発生菌の増殖が優位になるだけなので、主に、「硫化水素」だけが上昇傾向を示すことが多い。

 

口臭測定器のオーラルクロマは、ガスクロマトグラフィー法を採用しているので、ガスの成分別に個別に抽出、定量化が出来るところに特徴がある。硫化水素の認知閾値(ヒト嗅覚で解り始める境界値)は、「112ppb」である。

甘露飲処方による、唾液分泌量の増大と共に、口臭の測定値の減少と共に、オーラルフレイルの改善も認められた。

 

口臭治療をしていて、患者さんが「本当に治ったんだ」と、実感してもらうには、ただ単に、口臭の客観的な測定値を引き下げただけでは、満足しないことが多い。

 

何故か?

 

患者さんは、「もしかしたら、また口臭が出ているかもしれない?」と言う不安な要素を、何で自覚するかと言うと、

 

●自分の口臭を、自分の嗅覚で自覚するよりも、

●口内の乾燥や粘着き感で自覚する方が

 

圧倒的に多いので、改善傾向を納得してもらうには、オーラルフレイルの改善も視野に入れて治療してあげないと、本当の意味で、治ったと実感しにくい背景があります。

 

ここが、健康診断で数値化・定量化される、血圧、コレステロール値、血糖値の測定値の増減だけで、メタボの改善傾向が評価できる臨床と、決定的に異なる点である。

 

「客観」に加えて、「主観」の部分も改善してあげないと、本当の意味で改善した事にはなりません。この点が、口臭治療の、最も難しい点である。

 

その意味で、甘露飲処方で、体質改善が進み、唾液分泌が促進され、口渇感や粘着き感まで改善できる治療スタイルは、時間が出来る口臭ケアに、非常にマッチした治療法と言える

 

●症例2

陰虚体質を抱えると、やがて虚熱が発生し、口内にも炎症が波及してきます。特に、難治性口内炎、裂紋舌による舌炎、舌痛のオーラルフレイルが随伴してきます。すると、炎症性のメチルメルカプタンの臭気も検出してくるようになります。(認知閾値:26ppb)

 

こうなると、一般的な歯科領域における治療では、なかなか太刀打ちが出来ません。局所治療、対症療法に明け暮れるだけなので、患者さんは多くの苦痛を伴う事になります。

 

甘露飲の処方構成をみると、

 

 

●地黄、麦門冬、天門冬は体に潤いを与え、虚熱を取り去り、

●黄芩、枇杷葉は上焦の熱を冷まし、

●枳実は理気作用により上焦の熱を解すのを助ける。

●石斛も補陰の働きにより脾胃の虚熱を除き、

●茵蔯蒿は湿熱を取り去り、

●甘草はこれらの作用を調和する。

 

陰虚内熱による配慮も配合されているので、口臭を改善と共に、口内炎や舌炎などの不快症状も、いっぺんに改善していく所が、漢方処方の他の治療法にはない優位点である。

 

●症例3

津液が損耗を受けると、本来、ツルツル・スベスベしていなければならない身体の部分にも、滞りが生じてきます。やがて、関節の滑りや、筋の滋養も影響を受けて、腰膝痠軟と共に、顎関節や咀嚼筋の働きにも影響を受けてきます。

 

顎関節症の確定診断は、造影剤によるX線画像診断で、重症度分類が可能になるが、「関節円板の挫滅」まで症状が及ぶと、完治が難しくなるので、早期の対策が求められます。

 

甘露飲は、インチンコウと枳実の配合により、去痰・去湿にも配慮がなされているので、筋と関節に滋養にも効果が見込める処方になっている。

 

【結論】

口臭が強く出ており、オーラルフレイルも随伴している症例に対し、甘露飲を処方した所、口臭の改善と共に、口渇、口内炎、舌炎、開口・嚥下障害などの口腔不自由の症状も改善傾向を示し、本処方が、オーラルフレイルに有効であることが示唆された。